メッシはなぜ祖国で「戦犯」と呼ばれ、そして「救世主」になったのか——7年間の地獄と、たった90分で覆った評価

目次

ここから批判は一気にピークへと突き進む。

2015年コパ・アメリカ決勝。相手はチリ。0-0のままPK戦にもつれ込み、敗北。またも準優勝。

2016年コパ・アメリカ・センテナリオ決勝。相手は、またしてもチリ。またしてもPK戦。

そして今度は、メッシ自身がPKを外した。

敗北。

W杯決勝、コパ決勝、コパ決勝——3大会連続の決勝敗退。代表通算では実に4度目の決勝戦での涙となった。

試合直後、憔悴しきったメッシは代表からの引退を表明する。

「代表は終わりだ。自分には向いていない。」

世界中に衝撃が走った。復帰を望む声も多かったが、アルゼンチン国内ではそれまで積もり積もった不満が噴出し、一部では「もう代表に彼は要らない」という過激な意見すら飛び交っていた。

なぜここまで叩かれたのか、4つの理由

冷静に振り返ると、彼への批判には明確な理由が4つあった。

① マラドーナという「絶対神」の存在 アルゼンチンでは「ワールドカップを勝たせた男」という実績が何よりも重い。メッシがクラブでどれだけタイトルを積み上げても、代表でのタイトルがない限り、永遠に比較の対象にされ続けた。

② 「優勝まであと一歩」が続いたこと これが実は一番大きい。弱いチームなら、そもそも批判の対象にすらならない。しかしW杯決勝、コパ決勝、コパ決勝と、毎回優勝目前まで辿り着きながら、その都度手からこぼれ落ちていった。「なぜここで勝てない」という空気が、敗戦のたびに濃くなっていった。

③ クラブでの圧倒的な成功との落差 当時のメッシはバルセロナでチャンピオンズリーグ、リーグ優勝、バロンドールを何度も手にしていた。だからこそ「代表でもできるはずだ」という期待が、そのまま彼へのプレッシャーへと転化した。

④ 国民の渇望が大きすぎたこと アルゼンチンは1993年以降、主要タイトルから遠ざかっていた。「世界最高の選手がいる今こそ優勝できるはずだ」という期待が、負けるたびに深い失望へと姿を変えていった。

流れを変えた90分——2021年コパ・アメリカ

1 2 3
目次